NFLデビュー戦で初めて通したパスは、殿堂入りを果たしたRBマーシャル・フォークへだった。その試合でマービン・ハリソンへタッチダウンパスを投げた。彼は8月に殿堂入りを果たす。

対戦したマイアミ・ドルフィンズのクォーターバックは、父の次に好きだった殿堂入り選手のダン・マリーノだった。この試合初めての3rdダウンで、彼は25ヤードのスキニーポストルートのパスを成功させた。あんなパスは見たことがなかった。

その後、自分はTEマーカス・ポラードへ中央のパスを決めたが、かなりの強打をくらった。立ち上がった後、「このリーグでやっていくんだ」と自分に言い聞かせた。

苦戦したルーキーシーズンの終盤、ボルティモアとの試合に敗れた。1984年に移転してから、コルツが初めてボルティモアに戻った試合で、観客からは温かくは迎えてもらえなかった。ファンからは野次られたが、「当時オレは8歳だったんだ。勘弁してくれよ」と心の中で言い返していた。

一度会ったことはあったが、試合終了後にジョニー・ユナイタスと握手する機会に恵まれた。「ペイトン、あきらめるな。応援しているぞ」と声をかけてもらった。

その言葉通り、自分はあきらめなかった。18年間あきらめなかった。19番(ユナイタスの背番号)は天国でスポーツ刈りの髪型に、黒のハイトップシューズを履いているだろう。そして、自分があきらめずにプレーしたことを知り、少しは誇りに思ってくれているかなと思う。

18年という数字には何かがある。18はいい数字だ。そして今日、プロの選手生活から引退する。

ニューオーリンズとルイジアナ州南部の人達に感謝している。ニューオーリンズは自分の故郷で、町の人達はもちろん地元のセインツを応援している。だが、地元出身選手も支援してくれ、最初から町や州ぐるみで自分を応援してくれた。

19年前の今日、ドラフトエントリーを断念し、4年目もテネシー大に残る意志を表明した。賢明な決断だった。ノックスビルで過ごした時間は貴重だった。特に4年目は。自分の人生にとって、ボランティアーズのファンがいかにユニークな存在だったか、みんなに知ってもらいたい。

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3 Comments

  • SugKen より:

    読んでたら泣けてきました。
    僕はブレイディがデンバーに逆転勝ちするのを大喜びで観てましたが、それもペイトンの居るデンバーだったからだと思います。
    18年間お疲れさまでした。

  • 通りすがり より:

    素晴らしい記事ありがとうございございます。なみだがでてきますね。ありがとうマニング!

  • カーラー より:

    録画してあるNFLの試合の8割はマニング関係。スーパーボウルを見返し個人的に好きなQBのNo2 ニュートンとの緊張感ある試合がたまらなく何か泣いてた。
    お疲れ様でした。

    でも、きっとファーブのようにまたプレーがみれるよね?

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